朝、突然布団を引っぺがされたと思ったら、数瞬後、ドスンと背中に何かが落ちてきた。
「おきろー」
「おねぼーさん、おきろー」
四十万の子供たちだ。飛び上がって、ヒザから落ちてくる。
ガキどもの攻撃に耐えられず、布団から這い出る。どうも屋根の下では早起きができない。反対に、いつも僕より寝ているふーすけは、とっくに起きていた様子だ。
窓から外を見る。今日も暗い曇り空。どこかに行く気にはなれない。テレビでは、知床峠に雪が降ったとのニュースをやっている。
起きれば起きたで、またガキどもがうるさい。なぜだかここのクソガキどもは、僕のことが好きらしい。やたらとくっついてきたりする。
一方ふーすけにはあまり近寄らない。小さすぎて、大人に見られていないのかもしれない。
「トランプしよー」
「絵本読んでー」
「ぶらんぶらんしてー」
うるさい。ふーすけと二人がかりで手足を持って、首がもげ取れるほど振り回してやる。
「もっとー、ねえ、もっとー」
「もっともっともっともっとー」
全然応えていない。今度はさらに激しく回すと、さすがに目を回した。
ところがそんなふらふらの状態でも、もっとやれと這ってくる。ゾンビのようだ。
一日中こんなガキどもの相手などしていられないので、ふーすけは残し、四十万とバイクで走りに行くことにした。裏山がオフロードバイクで走るのに、ちょうど良いコースになっているのだ。
四十万は以前、よくオフロードバイクのレースに出場していたので、バイクがうまい。しかも自分の庭同然の走りなれた道なので、ものすごいスピードで走っていく。
僕は初めての道だし、見通しも悪い山の中なので、それなりのスピードで走っていたら、四十万が得意顔で馬鹿にしてきた。この親にして、あの子供ありか。
家に戻ると、ガキどもがすっかりふーすけに懐いており、安心した。これでもう相手をしなくてすむわけだ。
翌朝、再び攻撃を受けた。しかも昨日よりも激しい。からみついてくる小悪魔どもを引きずりながら、隣の部屋に行く。窓から見える空は快晴だった。北海道に来て初めての青空だ。
四十万家を出ることにした。ガキどもから解放されたすがすがしさと言ったら、言葉では表しようがない。
鳥沼キャンプ場に移動。ここは僕が北海道で一番好きなキャンプ場と言ってもいい。北海道のキャンプ場らしく当然無料だし、便所が目にしみるほど臭いことを我慢すれば、雰囲気もいい。
なによりもここは、僕の青春の思い出の地でもある。
ふーすけの絵では、まるで「ムンクの叫び」のごとく不気味に描かれているが、鳥沼は本当に良い雰囲気のキャンプ場なのである。点在する木立。明るい広場。小川のせせらぎ。もう何日ここで生活しているか分からない怪しげな人々…。
テントを張って、早速出かけた。まずは富良野で僕が一番好きな場所へ。
「北3号の丘」と勝手に僕が名づけた畑の丘からは、富良野の景色が一望にできる。
眼下には広大な田園地帯。赤や青の屋根の家々が、おもちゃのように散らばっている。その向こうには深い緑の森。さらにその奥に、堂々と十勝連峰がそびえている。もちろん、ふーすけはここでも「きれいね」などとは言わない。まったく張り合いのない女房だ。
続いて、ワイン工場とかチーズ工場に行き、試食試飲をしまくる。こういうときはむしろ、ふーすけのほうが張り切っている。ファーム富田などにも行ってしまい、二人とも、まるで初めて富良野を訪れた観光客のような有様だ。
最後に、森の中の小さな教会、メーベル・チャペルに行ってみる。
ここは僕とふーすけが結婚式を挙げた場所である。つまり新婚旅行は北海道。そのときも当然、泊まったのは鳥沼キャンプ場だった。
「あっ、見て」
教会の入口の横。ふーすけの指さす先を見ると、なんと僕たちの結婚式のときの写真が貼ってあった。参列者のカッパやペンギン、オカマどもの写真まで一緒に貼ってある。ほかにも数組の夫婦の写真があったが、僕たちの写真が一番でかい。
「こんな写真貼ってて、評判落ちないのかしら?」
ふーすけが心配そうに言う。過去にここで結婚式を挙げたカップルの代表を僕たちにするなんて、ここの人もかなりの勇気がある。と言うか、変わり者なのか。
「くさ…」
いきなり背後から女の人の声がした。振り返ると、この教会のオーナー、「ニュー樹海」の奥さんが立っていた。
「草って、いいですね」
手に草を持って微笑んでいる。なんと応えたらいいのか。
「あなたたちの結婚式が、一番印象深かったものだから」
どうやら僕たちを分かっているらしい。僕たちが返事をする前に、また奥さんが言った。
「草って、本当にいいですよね」
まるで森の妖精のような奥さんと、いったいどういう会話をしたらいいのか、僕たちは迷い続けた…。