「はじめまして。はじめましてじゃないわね。カツオさん、サインペン持ってる?」
待ち合わせ場所での挨拶もそこそこに、シャインさんはなにやら切羽詰った様子で尋ねてきた。
駅前通りの車道はひっきりなしに走り抜けていく車やタクシーやバスが、僕の路肩駐車した車を迷惑そうに避けている。
「ボールペンとかサインペン、持ってない?」
シャインさんは大勢の人が行きかう歩道から外れて路肩に立ち、あせった感じにもう一度訊いてきたが、それは駐停車禁止区域に僕が車を停めていることとは無関係のようだった。
「ボールペンは持ってるよ」
応えた僕に、しかしシャインさんは残念そうな顔を見せた。だけどサインペンを持ち歩いている人間なんて、いったいどれくらいいるというのだろう?
「じゃあ、車はそこの有料パーキングに停めてきて。私、その間にそこの文具屋さんでサインペン買ってきますから」
シャインさんは毅然として言い残し、道路を渡っていった。
僕は生まれて初めての立体駐車場というやつに、少々緊張して車を進めた。
「あの、こういうところ利用するの、初めてなんで教えてほしいんですけど…」
管理人のオヤジに窓から言い、説明を受け、小さなコンテナに車を進める。
オヤジの指示どうりにボタンを押すと、背後の鉄扉が閉まり、エレベーターが下がっていく。
《なるほど、これが東京か!》
僕は感慨を持って心でつぶやいた。
車を停めるのに大掛かりな装置を使って、分刻み何百円という金を取られる。
どこに停めようがお構いなしみたいな信州の田舎とは、まるで世界が違っていた。
地下に車を停めて階段を上っていくと、管理人のオヤジの場所ではないところに出たのが不思議だった。
だがそこにはちゃんとシャインさんが待っていて、「サインペン買ったわ」とうれしそうに微笑んできた。
「それじゃあ、おいしい珈琲の喫茶店に、行きましょうか?」
シャインさんの誘いに、またしても僕は感慨に耽りそうになった。
《さすが東京の人は、言葉遣いが丁寧だ》
シャインさんはブログの記事から、清楚で女性らしくて可愛らしい感じをイメージしていたのだが、実際にそんな人だった。
「昨日カツオさんが東京に来るついでに会いに来てくれるって電話くれたあと、トロちゃんにすぐにメールしたの。あとサリーちゃんにも。サリーちゃん、今日は用事があって会えないから残念だって言ってたわ。トロちゃんはね、『カツオ、イケメンやで~』ってまた言ってたわ。うふふ」
「で、どうですか? 実際の僕のイケメン具合は?」
「うん。イケメンだわ。ブログで見てたよりも実物のほうがもっと」
「そうでしょ? がはは!」
実際に会うのは初めてだし、会話も初めて会った同士の内容なのに、こうして横に並んでいると、ずいぶん前から知っている人と歩いている気持ちになってくるのが、ブログの交流というものだろう。
駅前通りから一本入って、歩行者天国みたいな飲食店街に進んで行く。
朝九時前では閉まっている店も多かったが、目的の喫茶店はちゃんとやっている様子だった。
どこかレトロな内装の、十組ほどで満員になってしまう店の中で、僕たちは一番奥のテーブル席に着いた。
腰を下ろすとすぐにシャインさんは、店員がメニューを持ってくるのも待たずに、
「さ、サインしてもらわなくちゃ」とバッグに手を伸ばした。
中から『遙かなる岬へ』というタイトルの本が出てくる。97年に発行された僕の小説だ。