東京シャイン旅行 第六話

怒鳴りオヤジの悪口で盛り上がりながら、僕たちはさらに先へと進んだ。

さらにといっても、すぐ隣の区画に、品川歴史館があった。

一応そこがシャインさんの目的地だったらしい。

「入場料が高かったら入らないけど」

ここまで歩いてきたのにシャインさんはあっさりとそう言って、建物を見上げた。

ちょいと古びたビルには、今やっている展示の垂れ幕が掛かっている。入口は暗くて、人の気配はない。

「ひょっとして休館日かしら?」

「入場料、百円ってしてあるよ」

「え? そんなに安いの? だったら絶対入るのに、やってないの?」

「あ、祝日は休みってしてある。こんなとこなのに、祝日休みなんて変だよね」

「ほんと変だわ。そういう日こそやってくれなくちゃいけないのに」

今度は歴史館の悪口で盛り上がりながら、来た道を引き返し始める。

「じゃあ貝のトンネルのところに行きましょうよ。壁に貝が貼り付けてあって、いい雰囲気なの」

僕たちは道を九十度折れて、線路をくぐるトンネルに入った。トンネルと言うよりも、地下道だ。

そこには貝塚の地層を貼り付けたパネル的な展示があった。

「これじゃないわ。もっと全面が貝の壁になってるトンネルだもの。あれ、どこだったのかしら?」

シャインさんはそれでも展示の貝を観察し、ちょっと不思議そうにつぶやいた。

「この貝たち、今も見る貝と変わらないわね。昔の貝って感じじゃないけど…」

「それはまあ、せいぜい一万年くらいじゃあ、貝は形を変えるほど進化しないってことじゃない?」

「そういうことなんでしょうね。人間にとっては縄文時代なんてものすごく昔だけど、地球の生命全体から見たら、人間の歴史なんてほんの一瞬みたいなものだから」

 

地下道を抜けると、線路を越した通りに出た。細長い公園が、ずっと線路に平行して続いている。

ちょっとした遊具が設置してある場所もあり、僕はブランコを指差してシャインさんに言った。

「乗ってかなくていい?」

「漕いでたら、きっとおかしな人に思われちゃうわ」

確かに子供ならいいが、こんな街通りの公園で大人がブランコを漕いでいたら、尋常には思われない。

もちろん僕もからかって言ったのだから、二人はブランコを横目にして先に進んだ。

引き返して、大森駅に帰る方向である。

歩いていく少し先の植え込みには、満開の梅の木が一本あった。

「あ、やっぱり東京は早いね。信州なんてまだ全然なのに」

ところが近づくと、それは梅ではなくて桜だった。早咲きのカワズザクラだ。

これにはシャインさんも感動して、携帯で何枚も写真を撮り始めた。

「もう桜が咲いてるなんて、なんだか一足早い春を味わった気分だわ」

僕も自分の携帯で撮影を試みたが、全体ではどう撮っても背景のごちゃついたビルが邪魔だし、仕方なく一枝をアップで撮ることにした。そうしてお互いに撮った画像を見せ合う。

どう見ても、シャインさんの撮った写真のほうが綺麗だった。僕は悔しくなって負け惜しみを言った。

「シャインさんの携帯の性能がいいんだね」

「うふふ。枝を持って、写りやすいように、ぐいっとやってるの」

本当なのか冗談なのか分からないシャインさんの言葉を聞いていると、散歩のじいさんが近づいてきて、「これは桜ですか?」と驚いたみたいに尋ねてきた。

「ええ、桜ですよ。カワズザクラ」

「ほお。こりゃまた見事に咲いてるものですなあ」

シャインさんとじいさんののんびりした会話にも春を感じられる。今日はこんなにも寒い日だが、きっと春はすぐそこまでやってきているのだろうと思える希望がわいてくる。

 

そこから進むと、またブランコが一機備え付けてあった。

二つのうち片側だけが、なぜか誰も漕いでいないのに勢いよく揺れている。

「きっとお化けが漕いでいるんだよ」

と僕は脅そうと思ったのだが、シャインさんがそれよりも早くうれしそうな声をあげた。

「わあ。勝手に揺れてるわ。あれはきっと私を誘っているのね」

シャインさんはブランコに近づくと、揺れていたほうに腰を下ろして漕ぎ始めた。

「そんなことをしたらお化けに憑りつかれちゃうよ!」

と言うのもやめて、僕は隣のブランコに乗って、立ち漕ぎをした。

あまりに長い期間ブランコに乗ってなかったから、初め全然思うように漕げなかったが、五度ほど体を揺するとブランコは動き出し、勢いよく振り子運動を続けられた。

隣のシャインさんも座ったままだが、けっこういい調子で揺れている。

通りを行く人たちにどんなふうに見られているかなんて、もう全然気にならなかった。

シャインさんもただ楽しそうにして、人目を気にしている様子は見られない。

「うふふ。楽しいわね」

「楽しいね」

冷たい空気も、このときだけは心地よい風となって体を包んでいた。

僕たちは自分の中に残した童心を、きっと誇っていいのだろうと思えた。